2008年05月28日
ムスリムということ。。。
ムスリム。
イスラム教を信仰する人たち。
アメリカのテロ以降、色眼鏡で見られることの多い人たち。
そんなムスリム達に対する差別なのか?
シドニー郊外の町での出来事です。
ムスリムの学校建設を、市役所が申請却下。
その却下という結果にいたる中で、地域住民の反対があったそうです。
市役所は却下の理由として、周辺の交通に与える影響や農地保護などを挙げ、決して宗教が判断材料にはなっていないとコメントしていますが、地域住民が決定を受けてこぶしを突き上げて喜ぶ様子を見ていると、やはりムスリムに対する気持が関係しているよう。
もし同じ場所にキリスト教系の学校を建設する時、同じような理由で許可されなかったでしょうか?
仏教だったら?
ヒンズーだったら?
どうしてもそんな風に考えてしまいます。
国民の7割近くがキリスト教(宗派はいろいろ)系の信仰を持つオーストラリア。
イスラム教を信仰する人は人口の2%程度。
キリスト教以外を信仰する国民が少数派であることは間違いありません。
でもここ10年ほどで、イスラムやヒンズーを信仰する国民が急激に増えていることも事実。
キリスト教を信仰する人たちがクリスチャンのための学校を作ろうと考えるのと同様、ムスリムも自分達の宗教に則った教育を子供たちに与えたいと考えるのも当然。
そもそも宗教ごとに学校をつくるという考え方になじめない無信教な私ですが、それも日本に生まれ育ったから、なのかも知れません。
ムスリム側の人たちは、今回の決定を“まったくの差別である”と声明しています。
何事もすぐに“差別”としてしまうムスリム側にも感情的な面も感じますが、今の世の中では仕方ないのかもしれませんね。
この国に生活していく中で、ちょっとした事で感じてしまう、思い込んでしまう、“差別された”という感情。
田舎に行くと感じる視線。
オーストラリアのかかえる、簡単には解決できない、宿命です。
想像してください。
あなたの住む街にムスリムの学校が建設された時のこと。
何か感じるはずです。
久しぶりの曇り空。一雨きそうなゴールドコーストです。
